19年目のご挨拶

4/1に新築19年めを迎えました。掲載が遅くなりましたが、今年の年報の挨拶文を載せます

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18年目の再スタート

私の小さい頃、土曜の夜は自宅で家族でよく焼肉を囲んで食べていたことを覚えています。その時の記憶はTVのタイムボカンシリーズのアニメだったり大橋巨泉のクイズダービーだったりするのですが、そのときにブラウン管から流れていたキャンディーズや太田裕美の曲を聞くと今でもトリハダです。気になるメロディの殆どは吉田拓郎さんの作曲で、どうもフォークソングが私には合うようです。

 そういった古い記憶を辿っていくと、その中に当たり前のようにあった存在があります。それは私が曇りガラスにに落書きしているときに座して食事をしていた家族の記憶です。当たり前のことですが、小さい頃の記憶の中には必ず父と母が登場します。

 昨年201610月、父であり、当歯科医院二代目院長である藤田和義が84歳の誕生日を目前にして亡くなりました。癌の告知から1ヶ月少々であっという間に悪化していき、まったく心の準備もする暇がありませんでした。もともと父は風邪一つひかない健康体だったので、今回も大したことないとばかり思っていて、亡くなる前の日になって初めてもしかしたらあと数ヶ月なのかもしれないと感じたくらいでした。今になってよく考えたら、最悪の事態を想定すべき期間だったのですが・・・。

 そこから数日は慌ただしく過ぎていったのですが、救われたのは死去から葬儀に至るまで、葬祭の方々、お寺さんなど関係者や弔問される方、親戚縁者家族も含めて、関わる人すべてがいい人だったことです。いろいろ不安もありましたが、周りの人々に助けられました。関係者の方全てに感謝いたします。

 巻頭言から明るい話ではなくて申し訳ないのですが、2016年を振り返ると、そのことも含めてあまり良いとはいえない一年でした。おそらくいつかはこうなっていたであろうことがたまたま重なったのでしょうが、起こるべくして起こったと思えないことも多々あり、反省しきりの日々でした。

 今までは頑張ればなんでもできると思っていたこと、人間に能力の限界はないと思っていたこともありましたが、それはただの思い上がりだったのではないかと思うこともありました。このままではいけないと思っていても、次の一歩が踏み出せずにいたこともありました。今まで同世代の人たちが鬱になったりパワーダウンしていたのを他人事のように思っていましたが、ちょっとした切欠で、状況は一気に変わることがあると実感しました。物事が良くない方向に進む時、どこかで立ち止まったり、修正できる状況であることや、修正してもらえる師や友達、家族などの人間関係があることがどれだけ励みになるのか思い知りました。

 思えば生まれてこのかた、自分はいろいろなことに守られて生きてきたのだと思います。若いときにもっと苦労をしておけばよかったのかもしれません。そしてその守っていた存在である父が亡くなったことで、そのことを痛感することになりました。

 私は歯科医師になってすぐの時、歯科医師は地域に出らないかん、という考え方を教えられ、どうにかそういう歯医者になれないかと模索しておりました。今年感じたのは、地域どころかいまだに自分の歯科医院もしっかりできていない、自分の理想をまったく実現できていないということです。もう歯医者になって20年以上経ち、今の時点でそんなこと言っている場合ではないのですが、あまりにも現実離れした理想を追うのではなく、今の自分に必要なことを地に足つけてやっていかねばその先はないと感じました。

 自分さえ良ければ良いとは思いません。しかしもっと自分のことに一生懸命にならなければ何一つできないままに終わってしまいそうな気もします。人生は長いと思っていました。確かにまだ寿命までは長いかもしれません。しかし全力で頑張れる期間はそう長くはないのかもしれません。

 2016年は学会発表をしました。大した発表ではなかったですが、振り返ってみて形として残せるものがあって、精神的に助かりました。毎年、10年後20年後の自分を目標として立てて、どんな凄いことをやってやろうと思っていたのですが、今年はとにかく今ある目の前のことをしっかりやるだけ、ただそれだけにしようと思っています。またいつしか、大きな野望を抱くような日が来るまで一日一日を大切に頑張っていこうと思っています。父の縁で当院に関わっていただいている方も多いとは思いますが、父亡き後もよろしくお願いします。